社員がようやく会社のドアを開け始めた頃、私はすでにのぞみ216号の座席に深く腰を沈め、今日一日の段取りを再確認していた。車窓の向こうには、うっすらと朝靄に包まれた沼津の街が流れていく。
今日は、年に一度の総合展示会。ファンクラブ運営、チケット販売、グッズ制作…スポーツ業界の裏側を支えるテクノロジーと人脈が一堂に会す日だ。私のように、複数のプロチームや実業団を支援している立場にとっては、顔を出さずにはいられない。
「懐かしい顔、いくつと再会できるか…」
思わず、頬がゆるむ。かつて一緒に現場を走り回った仲間、苦楽を共にしたベンダー。何かが始まるときというのは、たいてい”再会”がきっかけになる。
しかし今日の私の役割は、ただの懐古主義者ではない。
最新のグッズ販促システム、AIによるチケット需要予測、新しいファン層との接点を創るSNS連携ツール。あらゆる“次”のヒントを、会場で拾い集めるつもりだ。
なにより、私の手の中にはすでにいくつかのプロジェクトの種がある。
相手次第では、今日中に実の話にまで進めてしまってもいい。
昼は情報を拾い、午後は交渉に臨み、そして夜には、若き才能との面接が控えている。今後の我が社を担うであろう存在との初対面だ。
面談とは名ばかりで、私はむしろプレゼンのつもりでいる。
「一緒にやれば面白いことになる」
そう思わせるだけの熱と構想を、彼にぶつける覚悟はできている。
あらゆる駒はすでに並べた。
あとは、盤の上でどう動かすかだけだ。
品川到着を告げる車内アナウンスが流れ、私は手帳を閉じた。
今日は、未来が少しだけ近づく一日になる。